私は、人よりハンデがあると思っている。

学歴がない。

持病がある。

そして、生まれつき右耳の聴力がない。

これを伝えると、第一印象や面接では、不利になるのではないかと感じることがある。

実際、受け入れてもらえなかったと感じたこともある。

最初に言わなかった自分にも非があると思う。

でも「最初から言ったら受け入れてくれた?」

と感じてしまう。

それが、自分にとっては、引け目だ。

自信のなさにも繋がる。

消極的になる。

難聴の話をすると

私は、生まれつき右耳の聴力がなかった。

しかし障害者手帳の対象ではない。

普通に歩けるし、会話もできる。

だから一見すると、何も困っていないように見える。

しかし不便なことがある。

右耳からの会話が全く聞こえない。

一度、役所や耳鼻科に相談しに行った

私は、障害者手帳の対象ではなかった。

聴力の障害は、両耳の聴力が低くないと、障害枠にならないと言われた。

私は、生まれつきだから途中から聴力を失った人より絶望感は少ないのかもしれない。

生まれつきこの状態で生きてきたから

幼少期の経験

幼少期は、今より凄い引け目を感じていた。

周りは、普通に話しかけてくる。

私は、ちゃんと聞こえているように振舞っていた。

片耳の聴力が低いと、自分の声の響き方に問題が生じるのか

私は、普通の音量で話しているつもりだが

「声が小さい」と良く指摘されていた記憶がある。

幼少期の方が、残酷だ

子供は、ストレートに感情を出す。

いじめに繋がったことも良くあった。

幼少期の経験が、基本的な人格を作っている。

と言っても過言では無いと思う。

大人になった今

今は、普通に仕事をしている。

周りの人達は、

そこを考慮して話しかけてくれるわけではない。

最初の頃に、何度も伝えている

「右耳が聞こえない」と

しかし日常を過ごす中で

見た目普通、会話ができている人間に

「あ、右耳聞こえづらいんだったね」とは、ならない。

皆、時間が経つと忘れてしまうから

だから会話が聞こえなかったとしても

さほど重要な話でなければ何となく相槌を打ち話を合わせる日もある。

聞こえたふりをして、笑っている日もある。

再度「ごめん、右耳聞こえないからこっちでいい?」と、断りを得て、場所を譲ってもらう日もある。

疎外感を感じる日もある。

毎度毎度説明するのが、面倒になっていく。

それで疲れる日もある。

だからあえて人から離れる日もある。

自分を守るために

幼少期からの経験の積み重ねで、そうなっていった。

「片耳は聞こえるんだから、いいじゃん」
「本当に聞こえない人からしたら大したことない」

そんな声もあるのかもしれない。

見た目では分からないからこそ、理解されにくい。

私にとっては、やっぱ生きづらい世の中だ…

自分なりの落としどころ

でも生きていくしかないからね。

人生、生きていくための”かわし方”が自然と身につく。

辛く感じる日もある。

でも、きっと皆何かしら抱えて生きている。

私だけじゃない。

いつからか、そう思えるようになった。

自分なりの落とし所が見つかったのかもしれない。

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リボ
40代シングルマザーのリボです。 貧乏生活のリアルや日常、恋愛、感じたことをゆるく発信しています🍀 「今日もなんとか生きてる!」そんな毎日を綴るブログです。
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